2011年9月5日月曜日

HR講話の補遺です(笑)。

今日の朝のHRの話を聞いた方から「もう少し具体性を持った内容のほうがよかったのでは」という感想が寄せられました。そこで常に自分が試験場(戦場)にいることを意識するという「常在戦場」という言葉を元に具体的にいくつかの点を提案いたします。ここに書かれたことだけがすべてではありません。みなが自分の工夫をしつつ、自分なりの「常在戦場」の方法を考えていってください。


常在戦場の精神の長岡藩

長岡藩(現在の新潟県長岡市)は、「常在戦場」4文字を藩風・藩訓としています。

「常在戦場(じょうざいせんじょう)」とは、読んで字の如く、「常に戦場にあるの心を持って生き、ことに処す」という意味です。

今でも長岡市に行けば、この「常在戦場」の文字が見られますし、長岡藩軍事総督の河井継之助や連合艦隊司令長官の山本五十六をはじめ、いろんな人が、この「常在戦場」の文字を残しています。

この「常在戦場」が、長岡藩の藩風になったのは、藩主の牧野氏の家風によっています。

牧野氏は、三河国牛久保で名を興した家で、長岡藩初代藩主となる牧野忠成は、徳川十七将に数えられた武将でした。

牧野家の勢力地であった牛久保は、交通の要で、徳川家につく前に今川氏の配下だった牧野氏は、西の徳川・織田氏、北方の武田氏と対峙していました。

今川義元が桶狭間で討ち死にした後、今川家の勢力が衰え始めたため、この牛久保の地に、武田氏や織田・徳川連合軍などが進軍し、牧野氏は常に敵の脅威に晒されることになります。

「常在戦場」の家風が牧野氏に生まれた理由は、こうした四囲に注意せねばならなかった牧野氏の事情によります。


長岡藩には「参州牛久保之壁書」というものがあり、三河国以来の牧野氏の家風を伝えていますが、これにまず書かれているのが、「常在戦場」の4文字です。

牧野氏は、長岡に移ってきてから、明治維新に至るまでの約250年間、この「参州牛久保之壁書」を藩風・藩訓として掲げ続けました。

「常在戦場」は、長岡藩士にとっての精神規範でした。

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医進塾塾生「常在戦場」の十か条

1.一日の初めにその日の計画を立てているか。

※何をおいても一日の勉強の計画を立てることが真っ先にしなければならないことです。最近は提出する人が極端に減っているようですが、医進塾の「学習計画票」はそのためのものです。きちんとした計画なしに勉強に取り掛かるのは、地図も持たずに知らない国を歩こうとするようなものです。よい結果が生まれるはずはありません。

2.その日の勉強に「優先順位」をつけているか。

※あれもこれもやりたいというのが人の常です。でも実際にできるのはその三分の一以下だというのも、また厳然たる事実でもあります。計画を立てすぎるのもいけないし、立てないのもいけません。大事なことは計画の各項目に順位をつけ、大事なものから手をつけることです。順位が下のものは翌日に回してもよいものかもしれません。優先順位をつけ「上位3番目までは必ず!!」というような決心をすることが秩序だった勉強をするのに一番大事なことなのです。

3.「中途半端な時間」の使い方を常に考えているか。

※1日の中には必ず10分、15分、あるいは30分というような「細切れ」の時間があるものです。その時の使い方が上手な人と下手な人では数ヶ月の間に雲泥の差がつきます。時間が空いたらすぐに単語の暗記をする、数学の計算練習をする、生物や化学の基礎事項の確認をする・・・等、常に「スタンバイ」のかかった教材(レポート用紙1枚で十分なのです)を用意しておくこともまた大事なことです。

4.問題をよく見ているか。

※特に英語長文総合問題などは、その文章の中に必ず「ヒント」があるものです。他の教科も同様です。その問題の部分のみにとらわれず、全体を冷静に見て何かヒントがないかを探せるくらいの心の余裕とゆとりがほしいものです。

5.制約の中で冷静でいられるか。

※有り余る時間の中で勉強をしている人は日本中探しても誰もいません。みな時間の制約と戦いながら自分の勉強に取り組んでいるのです。大事なことは「制約」を「バリア(障害)」と捉えるのではなく「チャレンジ(挑戦)」と捉えることです。その制約の中で「できない」ことを考えるのではなく「できる」ことを考えるのです。そうすればその「制約」が怖くなくなり、逆に自分を叱咤激励する「愛の鞭」(旧い言葉ですが・笑)として考えられるようになります。

6.完璧に、かつ貪欲に、の意味が理解されているか。

※問題解答は常に「完璧」を目指さねばなりません。ですがそのために気持ちが重くなってしまっては元も子もありません。ダメならダメでよいのです。でもその場合でも「何かできるはず」です。まったく手がつかない、手も足も出ない問題というのは誰にとってもそうなのですから、そこを一歩突っ込めるかどうかに合否がかかることもあります。もちろんその問題だけに囚われて簡単な問題ができないようでは本末転倒ですが、たとえできそうにない問題であっても「貪欲」にいろいろと試みてみることが大事なこともあります。時間の余裕がある限り、決してあきらめてはならないのです。

7.出題者(大学・学部)の癖をつかもうとしているか。

※出題者も人間です。大学の学部で問題検討をしている入試委員の人たちも人間です。人間には必ず自分で気がついていない「クセ」があります。そのクセをつかもうとしているでしょうか。そのクセにあった答えを出そうとしているでしょうか。「試験は対話」なのです。相手が何を聞いているのか正確につかまないうちは適切な解答を出すことは不可能なのです。今までの問題を見直すことでそのクセはつかめるはずです。

8.自分に何が期待されているのかを常に考えているか。

※「試験は対話」です。出題者が何を期待しているのか、これを真っ先に考えねばなりません。相手が何を聞いているのか、そして自分に「何を期待しているのか」を考えましょう。それができるまでは実際に解答のプロセスに手をつけないくらいの気持ちで取り組んでみましょう。

9.できる人の真似をしているか。

※皆さんの周りには多くの友人がいます。自分よりできる人もたくさんいるはずです。それらの友人が「なぜできるのか」を考えているでしょうか。自分にできない問題ができているとしたら、そこには何か明確な違いがなければなりません。その違いに自分で気がつくことが進歩への第一歩です。いろいろ勉強法で悩む前にまず「できる人の真似」をしてみましょう。最終的に周りから「まねされる」くらいの点数を取ることを目的にしてください。

10.        他流試合を怖がっていないか。

※医進塾で実施している試験以外に、世の中にはさまざまな試験があります。いろいろな試験を積極的に受けて「他流試合」をするのもこれからは「常在戦場」を実感する非常によい方法です。どうかどんどん受験してください。点数がよいに越したことはありませんが、たとえ悪くても(あるいは「悪い場合のみ」)人間は自分を振り返って反省できるはずなのです。怖がらずに受験してみてください。