2012年8月7日火曜日

友人との別れ

先週末,わたしとワイフの共通の友人を一人亡くしました。

大学生時代からの友人でしたので,付き合いはもう35年以上になります。わたしたちは結婚が比較的早く,子供もその分若いうちに授かったので,看護師をしていた彼女にずいぶんと助けられました。

特に上の子は,幼いときお風呂に入れてもらったりオムツを取り替えてもらったり,親代わりとなって散々お世話になっています。

ワイフがパリにしばらく「子連れ留学」をしていたときも,まだ幼い彼は,たまたま同じ時期にパリにいた彼女に遊んでもらい,食事につれていってもらい・・・と,言葉にはできないほど面倒を見てもらったりしていました。

彼女は私より二つ下で,ワイフと同い年です。看護師としての仕事が大変に忙しくなり,最近は年に何回かしか会えませんでしたが,会えば家族同然の付き合いとなり,それは楽しい時間を過ごしたものでした。

その彼女が身体の不調を訴えて,M病院に入院したのがちょうど一ヶ月前。

「腹痛がおさまらない」

というのが主訴でした。

当初は

「腸炎らしい」

という診断でした。

決して「腸炎」を軽んずるつもりはないにせよ,

「まぁ,絶食して腸の調子を整えて,だんだんに普通食に戻せばいいんじゃないの」

というような素人考えをしているうちに,

「食物を一切受け付けない,無理に食べると強烈な吐き気と腹痛でどうにもならなくなる」

という知らせがご家族から届きました。7月27日,ちょうど10日ほど前のことです。

「何か悪い病気では・・・」

と心配をしているうちに,先週の金曜日,全く突然,

「意識混濁に陥ったので,今のうちにあわせる人がいたら会わせておくように」

という知らせが舞い込みました。

友人間に大至急連絡を取り,同じ昔からの仲間5人と枕元に駆けつけたのがその日の16時。そのまま夜の10時過ぎに眠るように息を引き取ったそうです。

ドクターからは『上腸管膜動脈血栓症』という病名・死因を聞かされました。大変厄介な病気だといこと以外,私には(あるいはご家族の方にも)何の知識もありません。

おそらく彼女自身も(看護師でしたから病名を聞けば理解はできたと思いますが),自分がそのような病を得ているということを意識することすらなかったと思います。

それほどに急な,全く予想もしない他界でした。

学生時代に出会った友人が,年に一度全員で会い,静かな時間をともに過ごし,最後は楽しく食事をしてまた来年の再開を約すというような会を,ここ数年行っています。今年は12月の2日です。

「それまでには治したいねぇ。皆にもう一度会いたいよ」

この言葉が,彼女交わした殆ど最後の言葉となりました。

何の前触れもなく大部屋から個室に移されたこと,急に回りがあわただしく騒がしくなったこと,それにも関わらず点滴以外に特に治療法に変化がなかったことなどから,自分自身が大きな病院の看護師でしたから,彼女にはもうある程度のことが自覚できていたのでは,とも今になって思います。

確認する術もありませんし,今となっては確認できても仕方のないことです。

私は今までに肉親,親族,友人,教え子を含めてかなりの数の人の死に立ち会ってきました。いつかは私も見送られるほうになるのだと思いつつ,それでもやはり一人の人の「死」とは,

「悲しいもの」

なのだと思わずにはいられません。

残されたものが,先に逝った人の分まで生きなければならないことは当然のことです。ですが,それでもやはり,別れは

「悲しい」

ものですね。