2011年11月6日日曜日

元気の出る言葉・・・かどうかは分かりませんが(笑)。

馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かねばならない
(H.ヘッセ)

「そうなんだよね」

と思います。

私は今年で58歳になりました。物心がつくのが10歳前後とすれば、それなりに自分の人生だと思いながら歩いてきた月日が、約半世紀になるということです。

人は恥じ多き青春時代を送り、罪深い壮年時代を過ごし、悔い多き老年時代を迎え、一生を終えるのだ」という言葉がありますが、私の一生は(少なくとも青春時代と壮年時代は)まさにその通りだと思うのです(老年時代に足をかけようとしているところで、たぶん老年時代もこの言葉の通りになるでしょう・笑)。

でもそんな私の一生でも、何度か自分の人生の方向について「決断」しなければならない時がありました。

多くの人から有益なアドバイスをもらいましたし、援助もしてもらいました。でも、最後の一歩は、先ほどの言葉通り、

「自分一人で」

歩かなければならなかったのでした。

私は大学・大学院を出てから今まで、「教育」の場から離れませんでしたので、世間一般でいう「転職」をしたという意識はあまりありません。

それでも一番最初に奉職した学校から数えて今まで、全部で5種類の学校を経験していることになります。

それぞれにみな、それなりの「決心」が必要でした。悩みに悩んだこともありましたし、職場を替えて「思っていたのと違う」と思ったこともありました。

でも今その全てを考えてみて、改めて

「これでよかったのだ」

と思えるのは、「最後の一歩を自分で歩いた」という意識が、私の中に明確にあるからなのだと思うのです。

昨日のHRで、塾生諸君に「これから三ヶ月の『怖さ』」ということを話しました。「もうこれで最後だ、もう後がない」という状況の持つ、一種独特の「緊張感」が、この時期を特徴づける『怖さ』にあたるものです。

塾生諸君はこの「怖さ」に立ち向かい、最後の最後は、

自分の足で歩かねばならない

のです。

そして「最後は自分ひとりで歩かねばならない」からこそ、今まで同じ道を一緒に歩いてきた「友」の存在が、重く、重要なものになってくるのです。

決して逃げることなく、最後の最後まで、

自分の足で

歩いてゆきましょう。

もうゴールは見えています。