2011年2月26日土曜日

症状形成力・・・生きてゆくために必要なこと

昨日の「春一番」とは打って変わって、今朝はかなり冷え込みました。
三寒四温の始まりですね。風邪など引かないように特に気をつけねばならない時期です。

今日は第3回医進塾説明会が開催される日です。先週土曜に第2回が行われましたが、実際には全体会ではなく、個別面談を希望される方がほとんどでした。数日に分けてそれぞれ1時間半程度、細かいお話しをさせていただきました。長い方は3時間半近くに及んだこともあり、みなさんの熱意を改めて感じた次第です。

この季節は春に向かう再生の季節でもあると同時に「花粉」の季節でもあります。花粉症は本当に嫌なもので、頭はぼ~っとするし寝られないし、うっとおしいし、集中できないし、周りには迷惑だし・・・良いところなしです(笑)。

この症状が出てくるたびに私はかつて心理学を学んだときに覚えた「症状形成(能)力」という言葉を思い出します。

主として「不登校児」や特別なチックなどがある子供、あるいは一般の風邪などの症状すべてに対して、それが「解決すべき問題」であるとするのではなく「より大きな問題をそのような、比較相対的に軽微な症状として形成することによって、凌ごうとする身体的な傾向・能力」として捉えることを言います。

簡単に言えば「発熱」は嫌なものだけれど、「熱」という症状としてより深い問題を形成しなければ身体そのものが壊れてしまう、というような捉え方をするということでもあります。

より深く大きな問題に対する、身体の側の防衛機制の一つが「発熱」という形(症状)を形成しているのだという考え方です。

そう捉える(考える)ことによって問題が解決するわけではありませんが、気が楽になる(笑)のは事実のようです。

「不登校」は確かに困った問題です。でも不登校という形で身体が拒否しなければならないような問題がそもそも学校の側にあったとしたら、無理に登校することに大きな意味があるだろうか、とも思えます。

負荷をかけて鍛えるという考え方を取る場合と、負荷のない状況を与えてその中でその子の本来持つ(伸びようとする)力を引だして行くという考え方をとる場合とで、対応の仕方は180度異なります。

どちらを取るかは、病理の問題というより、その問題を抱えているクライアントと、その人を取り巻く社会との関係によって決まることがほとんどです。

花粉症という症状が、果たして私に何を語ろうとしているのか(笑)。

よくわかりませんが、確かにそう考えれば花粉症のうっとうしさも多少は軽減されてくるかもしれませんね。

※前回は「実存哲学入門」で、今回は「臨床心理入門」でした(笑)。