2012年3月9日金曜日

勉強のプロagain(続)

私が以前勤めていた学校でのことです。

私の担当した英語のクラスにA子さんという、大変に優秀な女の子がいました。普段は非常におとなしく地味で目立たない子でしたが、こと「勉強」ということになると他を圧倒する実力を見せていました。

運動もよくやる子で、大会に出てどうこうというようなことは無かったものの、テニスを仲間ととても楽しんでやっていた光景を覚えています。

成績以外は目立たないA子さんで、私とも英語の授業以外の接点はあまりありませんでした。それでも読んでいる英文の内容に納得が行かないと、とことんまで突き詰めて考えるのがA子さんのやりかただったようで、そのためによく彼女とは議論をしたものです。

議論の最中にも決して声を荒げたり、感情的になったりすることがなく、常に冷静に物事を考え論理的に理解できない部分にのみ疑問を呈してきたので、大変に話しやすかったことが印象的でした。

国公立大学医学部を目指していたA子さんは、センターテストも難なくこなし、さてこれからいよいよ二次試験・・・という矢先でした。

二次試験の二週間ほど前だったでしょうか、お母様が突然に倒れ、意識不明のままその日のうちに亡くなってしまったのです。

「こんなことがあって良いものか・・・」

A子さんとお母様との仲のよさを知っている私たちは呆然自失、言葉を失いました。よりによってこんな時に、こんな試練をA子さんに与えた神様を、私は少し恨みました。

お通夜、ご葬儀が終わり、二次試験が行われました。受験そのものすら危ぶまれていたA子さんでしたが一応は受験したようでした。彼女が試験でうまく合格までこぎつけるだろうと思った人は、私たちの中に一人もいませんでした。

でも結果は、なんと、見事に第一志望の国立大医学部に合格だったのです。

普段は「合格!」の知らせのたびに歓声が上がる職員室を、その知らせのときだけ異常な沈黙と静寂が支配しました。それが自然な拍手に変わってゆくまで、10秒以上はかかったでしょうか。

以下は、卒業式後の謝恩会で、お父様と一緒に来たA子さんに直接聞いた話です。

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「最初は何が起こったかわかりませんでした。母は私にとって一番身近な存在でしたから。その母が『いない』という状況を受け入れられなかったのだと思います。

今でも本当は受け入れていないのかもしれません。

でも私が自分の志望校に合格することを一番楽しみにしていてくれたのが母でした。その母を悲しませてはいけないという思いが最初からありました。

生きていようと死んでいようと、母の願いは叶えたいと思いました。いえ、叶えなければならないと思いました。

お通夜の後、私は父と一緒に母の遺体のある部屋にいました。いつの間にか私の手に数学の問題集がありました。鉛筆も握ってました。なんとなく周りを見回して机の代わりになるものを探したのですが、ありませんでした。

その時突然母から呼ばれたように感じました。そして気がついたら、母の遺体が納められているお棺の上で数学の問題を解いていたんです。

朝まで一睡もせず問題を解きました。母がすぐそばにいてくれたようで(実際いたんですが・笑)、自然に勉強できました。

翌日の葬儀のときも、私は頭の中で数学や生物の問題をやってました。英語の単語もちゃんと覚えなおしましたよ(笑)。

先生はいつか授業中に、人間ってまったく寝ないと数日で死ぬって言ってましたね。あれはうそだと思います(笑)。

母の葬儀から試験までの10日間、私はほとんど寝てないんです。寝なくても平気でした。食事の時も、お風呂の時もトイレの時も、ず~っと勉強してました。母がそばにいてくれたから、平気でした。

試験が終わったあと、帰宅してそのままベッドに直行して、まる二日間寝っぱなしでした。試験が日曜日に終わって、そのまま寝て、おきたら火曜日でした(笑)。

一番困ったのは言葉です。

人間って10日も何もしゃべらないと、言葉を忘れるのですね(笑)。

しばらくは父と話すときも、『あれがあれで、あれだよね』とか、代名詞ばっかり使ってました(笑)。

母がいないのはさびしいけれど、私は母の願いを実現できたことに誇りをもっています。それもお棺の上で勉強して合格できたのですから(笑)。これ以上の親孝行はないかも(笑)。

お医者様になって貧しい人を救いたいという望みを、一番励ましてくれたのが母でしたから、きっと天国で一番喜んでくれているでしょう。

先生、授業中に『君たちは勉強のプロだろう!だったらどこそこでないと勉強できないなんで言うな!プロにとっては世界中が教室で、世の中すべてが勉強部屋だ!』って、言ってましたよね。

私、プロになれましたか?(笑)」

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医進塾の塾生全員に「勉強のプロになれ!」と私が言う、その原型はこのA子さんにあるのです。生徒にいう以上、私もそうでなければならないと思い、いまでも英語の勉強やプレゼンの勉強は続けています。

でもなかなか「プロ」になれなくて・・・(涙)。

そのたびにA子さんから叱られているような気分になり、自分を改めて励ましている最近です。