2012年1月11日水曜日

願書送付

入試も間近になり,願書の提出・受験料振込などの「事務手続き」が煩瑣になる時期です。この時期になると本当に入学試験というのは,

「書類仕事」

なのだなぁと思います。

学力があれば「合格」するというものではありません。受験のための書類を揃え,それに間違いなくすべての事項を記入し,郵便局,銀行にそれぞれ間違いなく持参して送付しなければなりません。

細かいことを言うようですが,誤字や脱字があっては受け付けてもらえないかもしれません。書類の再提出を指示されるかもしれません。

そういう面倒な手続きを乗り越えて初めて

「学力」

で勝負できる場に立てるのです。

「学力」と一言で言いますが,これもまた解答用紙という「書類」に必要事項を記載するという作業に他なりません。

不合格であれば仕方のないことで,話しはそれで終わりです。

でももし「合格!」していたとしたら,今度は「入学手続き」というものが待っており,これもまたきちんとした書類を作成して提出するという,

「書類仕事」

なのです。

書類仕事に必要なことは,決められたことを,決められたとおりに,決められた時間までに過不足と滞りなく仕上げるということです。ここで変な「独創性」を出す必要はありません(笑)。

諸外国の方々に比較して,日本人はこのような書類仕事が得意です。書類仕事が得意であるということは,チームワークが得意だということにもつながります(イコールではありませんが)。比較相対的に「単一民族」的な傾向の強い日本人の,

「強み」

でもあります。

面倒くさいことかもしれません。でもきちんと時間さえとって落ち着いてやれば,誰にでもできるのが,この「書類仕事」というものの特長です。

時間の合間に適当に・・・ではなく,ぜひともきっちりとした時間をとって,

「自分はこの大学に行くのだ!」

という思いを込めて,書類(願書等)を作成してもらいたいものだと思います。

今日のHRでは,受験校の最終調査を実施します。

センターテスト後の授業日程

『塾生専用ページ』に,「センターテスト後の授業日程一覧」を掲載しました。
ご確認ください。

センター後は,「過去問演習対応SS」になります。詳細は本日のHRで説明します。

国公立大医学部:センター・2次配点比率一覧

『塾生専用ページ』に「国公立大学医学部受験用センターテスト・2次試験配点比率一覧」を掲載しましたので,ご覧ください。

要するに,センターでどの程度取ればよいのか,またセンターテストで失敗したような場合,どこに出願すれば2次試験での「逆転」を狙えるのか,についての必須資料です。

志望校選定の方法も載せてありますので,参考にしてください。

2012年1月10日火曜日

合格祈願!

北里大学獣医学部に合格したK下さんが、医進11の全員のために湯島天神で「合格の願掛け」をしてきてくれました!



『塾生専用ページ』にも、画像を載せました!

最近の医進塾

センターテスト対策講座が始まってから、授業時間に、自習室の自分のブースで勉強をする人が増えてきています。

「授業がすべての基本」

という原則は変わりませんが、これ(授業をカットしての自学自習)は必ずしも「ダメ」という必要のないことです。生徒の中にはセンターテストレベルの問題であれば、

「自力で十分に対応できる」

人も沢山いるからです。

そのような場合、二次試験対策に集中するため、授業の時間を自分の自習時間として勉強に充てることは認めています。

ただしこれは『誰でもOK』ではありません(申出制です)。

今までの成績、学習態度などから、この生徒ならば自分で対応できると、こちらが判断した場合のみのことです。

そのあたりのことは私が言うよりも生徒本人が良く理解しており、

「彼(彼女)なら大丈夫、自分の勉強をさせても問題なし」

というような人しか、申し出てきません(笑)。

先ほども自習室を見回ってきました。全体で5~6人というところでしょうか。

非常に熱心に勉強に打ち込んでくれておりました。

今日は午前中が「数学」、午後が「化学」、夜は「物理」が組まれています。

遅刻の理由

『塾生専用ページ』に毎日の出欠席を掲載するようになってから,特に遅刻について,保護者の方から問い合わせをいただくことが多くなっています。

医進塾では平日は原則として8時30分が登校時刻です。それに1分でも遅れたら「遅刻」になります。授業に間に合いさえすればよいだろう,という考え方はしていません。

勉強は毎日の積み重ねが大事だと言いながら,朝の時間帯に堂々と遅刻してくるという態度は,矛盾しています。

ほんの1分,2分の遅刻をとがめられた生徒が口にする言い訳は,大体決まっています。

「間に合うつもりででたのですが,電車(バス)が遅れて・・・」

これが通用するのはせいぜい中学校や高校のうちであり,実社会に出たらこれだけで,

「懲戒(処分)の対象」

になったとしても言い訳ができません。

どんな場合でも,目的地には30分前(できれば1時間前)についているような気持ちを持たないと,相手にも失礼ですし,こちらの精神安定上も,

「よろしくない」

ことになるでしょう。

何より,大事な一日の始まりを,

「他人より遅れて始める」

ことが,その日の勉強によい影響を与えるはずがありません。

そんなことをもう一年近くも言い続けてきたのですが,相変わらず遅れる人は変わりませんね(笑)。その日が試験当日だったらどうするの,と聞いても,

「自分だけは大丈夫」

と思っているようなところがあり,「他人事」の印象です。

今週末は「センターテスト」,来週水曜日から地方の医学部入試が始まります。受験校が多い人は5連続,6連続で入試がある場合があります。

緊張感がキープできるかどうかの瀬戸際です。

毎日を気を抜かずに過ごす練習が,

「遅刻をしない」

ということなのですが・・・。

もう言うべきことは言い尽くしてしまってあります(笑)。あとは生徒たちが本気になってそれを守ってくれるかどうか,なのでしょう。

考えてみたら,来月の今頃には,ほとんどの生徒の進路が決まっているころなのですよね。思わず背筋が寒くなりました(笑)。

精神のバランスと試験というもの

この時期になって残念なことですが,最近「不定愁訴」による欠席が目立ってきています。精神的なプレッシャーに身体が耐え切れなくなってのことだと思います。

苦しんでいる本人にとっては大変に苦しいことだろうと思います。私たちも,まさかここまで来て・・・と思うと,残念でなりません。

ですが,

「モノは考えよう」

でもあります。

身体が言うことを聞かないのであれば,まずは,

身体のいうことを聞く

ところから始めなければなりません。身体が,

「休みたい」

と言っているのならば,まずとりあえず,ともかくも,その言葉を尊重して,

「休んでみる」

ことです。

センターテスト直前のこの時期になって「休む」などと言うと叱られそうです。でもここで無理をして本当に身体が動かなくなったらどうすることもできません。

そしてもし休むのであれば,

完全に休んでみる

ことが大事です。中途半端な休息は本当の意味での「休み」にならないからです。

「高い山の上からず~っと下を眺めているような心持でいることが肝要です」
(『剣客商売』池波正太郎)

というところでしょうか。

休むときは「休むという目的意識」を持って休み,勉強するときはまたそれとしての目的意識を持って勉強する,ということの大事さなのかもしれませんね。

それにしても,「試験」というものは,改めて

「大変なものだ」

と思わざるをえません。




2012年1月9日月曜日

クリスマスの終わり

タイトルを見た人から「今頃なに言ってんだよ」と叱られそうですね(笑)。

でもこれ、本当なんです。クリスマスの終わりは、昨日1月8日です。

⇒  http://wasedazemi-ishinjuku.blogspot.com/2011/11/blog-post_27.html

昨年11月の末に書いたことです。

カトリック教会にとってのクリスマスは、11月末の「待降節第一主日」に始まり、昨日の「公現祭」までです。

赤ちゃんが生まれるのを待ち望み、生まれたら家族でそれを祝い、喜びをかみ締め、数日後に「お披露目」となる・・・。そのプロセス全体が「クリスマス」です。

24日の夜だけ大騒ぎをして、終わったらクリスマスグッズはすべて片付けて「新年大売出し」の準備をするという日本のデパート商戦とはずいぶん違いますね。

次の日曜日(主日)から、教会は普通の暦に戻ります。それが続くのは、今年の場合2月22日(水)までです。

22日になにがあるのかというと、

「灰の水曜日」

の儀式です。

「人間は塵から生まれて塵に戻る」

ことを思う儀式です(ごく少量ですが、本当に頭に灰をかけます)。

この日から始まるのが「四旬節」(40日間)で、これが4月8日の『復活祭』まで続きます。

復活祭のことを英語ではEasterといいます。「光は東から」にちなんだ言い方です。復活祭のあと数週間は「復活節」として毎週日曜日のミサには、それにちなんだ聖書箇所などが朗読されます。

それが終わるのが(今年の場合)5月27日『聖霊降臨』の祝日です。

要するに教会は11月末から1月最初までを『クリスマスシーズン』、2月中ごろから4月上旬あたりまでを『イースターシーズン』としているということです。

これも案外一般には知られていないことですが、教会にとっては『クリスマス』よりも『イースター』のほうが大事な期間なのです。

イースター(復活祭)は、教会の歴史の最初から特に大事な儀式として祝われてきました。ですがクリスマスが今のように祝われるようになったのは、12世紀から13世紀になってからのことに過ぎません。

神学的な意味づけの差によるものですが、でもどちらかと言うと『赤ちゃんの誕生』のほうが、ずっと親しみやすいですよね(笑)。

即席の「キリスト教入門講座」でした(笑)

PS
イースターの期間は「移動祝祭日」で、その年毎に変わります。早いときは3月末になることもありますし、遅いときには4月の末になります。

昨日、そして今日。

今日は「成人の日」です。

医進塾は「センター対策講座」が続いています。

今日は「センター対策数学」です。コース別、学力別に3クラスに分けて授業が行われています。

「成人の日」が1月15日からこの日に移動されたのはいつのころだったでしょう。もうだいぶ前のことにも感じます。私の頭の中には「成人の日=1月15日」がインプットされたまま変化がなく、今日がそうだよと言われても、あまりぴんときません。

昨日あちこちの市町村で「成人の日」の祝典が行われました。奇抜なアトラクションがあったり、中には市長さんが壇上で最近はやりの歌を歌って新成人へのはなむけとしたというようなこともあったようです。

人生50年の時代であれば20歳が「成人」でも良かったのかもしれません。でも今は「人生80年」の時代です。当然のことながら『成人』として認定する年齢も再考してよいように思います。そうならないほうが不思議です。

単純に「成人・成年」の定義を20歳から30歳に引き上げればよいということではなく、そこでどのような経験をつんできたかが客観的に分かるような基準があればよいということだとも言えます。

年齢がある一定の基準を超えたかどうかに関わりなく、大人になる人もいれば幼さを残したままの人もいる、それが本人にも周りにも、ある一定の説得力を持って分かるような基準が欲しいということでもあります。

20歳までの経験で十分に成長する人もいれば、30歳近くなってもまだまだ幼さを残している人もいることでしょう。周りに迷惑さえかけなければ、そしてそれがその人の生活の信条に反さなければ、許容されるべきなのかもしれません。それが『人生80年』の意味だといわれると、そうかな、とも思います。

医進塾でも同じことを感じます。現役生を除けば医進の生徒はみな20歳前後、中にはその歳を大きく越えた人もいます。実年齢に関係なく私たちが「お、この人は大人の発想を持っているな」と思うのは、殆どが、

「実社会での経験」

を持っている人です。この場合の『実社会』とは、実際の社会という意味でもありますし、同時に「学校」という「隔離され・保護された空間」の中に安住せず、その中で自分を高めるために本当の努力を重ねてきた人という意味です。

要するに、

「自分の力で自分の生活・人生を切り開いてきた人」

のことなのです。

当然といえばこれほど当然のことはありません。先ほど「同じことを感じる」と書いたのは、その逆が良くあるからです。

20歳をはるかに超えながら、自分の生活を自分で切り開こうともせず、ただなんとなく親のスネをかじって、その日を目的もなく過ごそうとしている人も今までには何人かいました(残念ながら、というべきか、当然のことというべきか、そういう人はみな医進で最後まで続かず、途中で勉強を放棄してしまうか、あるいは「陶冶性なし」としてお引取り願う(退学)か、どちらかでした。

最後まで努力を重ね、最終的に『合格!』を掴み取った人は、例外なく、

「厳しさに立ち向かう」

強さを持った人でした。

『大人』であるとは、要するに、自分の弱点は弱点として認めつつも、そこから逃げることをせず、何らかの使命感を持って自分を成長させてゆくだけの向上心を持った人、ということでもあるのでしょう。

いくら口で言っても、そのような人間になることはできません。一つ一つの試練を乗り越えて前に進む、そのような経験をしている人だけが、本当の意味での「大人:成人」になれるのだと思います。

医進での勉強は、「大人・成人」になるための訓練だと捉えてもよいのかもしれません。

2012年1月6日金曜日

小寒・・・

今日は小寒でした。

これから大寒を挟んでの1ヶ月くらいが一番寒い時期ということになっているようです。

確かに入試の前後が年間で一番寒く、試験のときに「寒さ対策をしてゆきなさい」といわれないことはありません。

何もこんなに寒い時期に、大事な試験をしなくても・・・とは良く思うことです。ですが、実際にやってみるとわかる通り、寒さがストレートに身体にダメージを与えることは、今の時代ですので、あまりありません。

むしろ「寒さ」がもたらすマイナスのイメージからくるメンタルなものの影響のほうがはるかに大きいのです。

医進塾でも、ここ数日「寝坊」による遅刻が続いています。

「時間だ、ベッドから起きようと思ったのですが、ま、いっか、あとちょっと・・・と思って、目が覚めたら9時前でした」

と今朝言った人がいました。

彼だけでなく、だれでも皆それぞれ同じような体験をしていると思います。私も例外ではありません。

「世の中で一番簡単で、一番難しいこと・・・早起き」

という言葉があるそうです。確かに早起きほど簡単で、かつ難しいことはありませんね(笑)。

でもこれも、

「クセ」

になってしまえばどうということはないのだろうと思います。私も毎朝6時前後に起きますが、確かに若いころは夜が遅いこともあって、朝が辛いときもありました。

それでも実際の社会に入り、こういう仕事をしていると、当然のように朝が早くなってきます。年の影響もあるのでしょう(笑)。でも8時過ぎてまでベッドの中にいると、なんだか、時間を無駄にしているように思えてきて、

「もったいない!」

の意識が強くなります。

朝が早いとどれだけ一日を有効に使うことができるか、考えただけで恐ろしくなるほどの違いが生まれるようです。

私の知り合いで、朝の通勤時間だけでスペイン語をマスターした人がいます。もちろんマスターとは言っても日常会話と基本文法のレベルだろうとは思います。でも大したものです。

「朝の通勤時間って、毎日必ず来るでしょう。しかも時間は同じで限定されているから、語学にはベストなのよね」

というのが彼女の言い分でした。

帰りの時間帯は使わないの?、という私の質問に、

「疲れているから集中できないのよね。帰りは自分の好きな音楽を聴いたり本を読んだりに使うのが一番よいと思ってます」

まぁ、それが事実なのでしょうね。

これから寒さが益々募る時期。確かに朝起きるのが辛くなります。でもちょっと視点を変えて

「朝の時間はどうすれば有効に使えるか」

を考えてみると、案外いろいろな使い方ができるのではないでしょうか。

いろいろなことができるということは、それだけ

「自分を伸ばすチャンス」

がそこにあるということです。

暖かい布団に包まってヌクヌクしているのは、確かに気持ちがよいことに違いありませんが、せっかくの

「自分を高めるチャンス」

を逃してしまったら、それこそ大いに

「もったいない」

話しなのではありませんか?

明日はちゃんと起きられるよう、チャレンジしてみてください。